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国立新美術館
オリジナルスティック香 東京のいま・むかし

国立新美術館 オリジナルスティック香 東京のいま・むかし

2017年5月より国立新美術館に併設のミュージアムショップ『スーベニアフロムトーキョー(SFT)』で販売されている、スティック香シリーズ「むさしの」。「初風」「月かげ」「さを鹿」「尾花」の4種類で構成されるこのシリーズは、国立新美術館の公式アイテムとして、麻布香雅堂が企画・製作しました。

—–  開発までの経緯

じつは以前から『SFT』には、麻布香雅堂の既存商品を置いていただいていたのですが、その商品が廃番になることが決まったんです。そのタイミングで、国立新美術館オリジナルのかおりを作ることをご提案しました。

—–  テーマ決めは、お線香づくりの第一歩

どなたでも使いやすい、ということで、形は“お線香”にしようと当初から決めていました。新しいかおりを作る時には、まずテーマを決めてから具体的なかおりへと落とし込んでいく必要があります。今回は、東京の新名所でもある国立新美術館の公式アイテムになるので、“東京”にからめたテーマにしようと思いました。そこで注目したのが“武蔵野”です。

—–  美術的な背景を持つ“武蔵野”に着目

現在「東京」と呼ばれている一帯は、江戸幕府開府以前、万葉集の時代から中世までは「武蔵野」と呼ばれていました。近くに山があり、起伏のある景観にも恵まれた京都周辺に比べ、当時の武蔵野はススキが生える野原がただ広がっているだけという印象で、「何もない土地」の代名詞だったようです。野原から月が出て、また野原に沈む、そんな寂しい土地柄だと思われていたようなんです。

—–  わびさびへの憧れが、武蔵野の存在感を高める

それでも武蔵野は月の名所として、古くから和歌に詠まれ、日本画の画題として繰り返し取り上げられてきました。これはあくまでも私たちの主観ですが、作者はそれぞれ、月とススキと秋草とで構成される、寂しさやわびしさを感じさせる情景に、ある種の憧れを抱いていたのではないかと思います。

武蔵野図イメージ(実物は画像をクリック)

—–  武蔵野の歴史的背景が美術館のイメージにマッチ

例えば俵屋宗達が西行の生涯を描いた『西行物語絵巻』の中にも、武蔵野で僧と出会う西行の姿が描かれていますし、ほかにも『武蔵野図』と呼ばれる絵が多数残されています。また、長い歴史の中で、各種工芸作品にも多大なインスピレーションを与えてきたのも事実。このように美術・工芸との関わりが深い武蔵野は、美術館オリジナルのかおりのテーマにふさわしいと考えました。

—–  かおりのイメージと銘は和歌から着想

お香の世界は和歌との結びつきが強く、香木の銘も和歌の一節からとるのが慣例となっています。私たちも、これから作るお香のイメージやコンセプトと重なる言葉を探すべく、まずは武蔵野を詠んだ和歌を集め、その中からこの4篇を選び出しました。

・行く末は空もひとつの武蔵野に草の原より出づる月かげ(九条良経)

・むさしのは月の入るべき峰もなし尾花が末にかかる白雲(藤原通方)

・さを鹿の夜半の草ぶし明けぬれどかへる山なき武蔵野の原(藤原家隆)

・玉にぬく露はこぼれてむさし野の草の葉むすぶ秋の初風(西行)

—–  四季から花鳥風月へと発想を転換

当初は武蔵野の春夏秋冬を詠んだ歌を1篇ずつ選ぶつもりだったのですが、月の名所だけあって、ほとんどが秋の歌だったんです。そこで四季にはこだわらず、他に何か共通項のある4篇を探したところ、「花鳥風月」という切り口にたどりつきました。鳥が獣になってしまいましたが、この4篇の歌に含まれる「尾花」「さを鹿」「初風」「月かげ」を、国立新美術館オリジナルスティック香の銘としました。

—–  武蔵野の今昔、それぞれのイメージをかおりで融合

かおりの方向性としては、いにしえの武蔵野と今の東京、その両方のイメージを表現することを目指しました。具体的には、和のかおりの世界で伝統的に使われてきた原料と現代的な香料をブレンドする手法を取りました。ここでいう「伝統的な原料」とは、白檀(びゃくだん)・藿香(かっこう)・ 安息香(あんそくこう)・ 丁子(ちょうじ)・ 桂皮(けいひ)・ 山奈(さんな)・ 龍脳(りゅうのう)・甘松(かんしょう)のこと。なかでも、もっともお香らしさを感じさせる白檀は、かおりのベースとして、4種類すべてに配合することにしました。

—–  目指したのは「現代的なかおり」

麻布香雅堂では、かおりを独自に、大きく3つに分類しています。純粋に香木や漢薬だけを用いる「香道的なかおり」。香道的なかおりに漢薬など、天然の香原料を加えた「伝統的なかおり」。そして、さらに花などの人工的な香料を加えた「現代的なかおり」です。この3つのかおりのジャンルのなかで、お香を使い慣れていない方、不特定多数の方でも親しみやすいのは「現代的なかおり」です。

—–  伝統的な武蔵野と現代的な武蔵野の中間地点を目指す

「現代的」というと、お店によってはほとんど香料のかおりしかしない“ポップなかおり”を差すことがあるのですが、私たちは香雅堂独自の分類に基づく「伝統的なかおり」と「現代的なかおり」の中間を目指しました。武蔵野という東京の原風景と、国立新美術館のある現代的な東京の中間地点をイメージしながら、かおりを作っていったんです。

—– 専門家がチームを組んでイメージを具現化

じつは香道の世界においては、「このテーマにはこのかおり」、というような決まり事はありません。今回も“武蔵野”というテーマを決めた後、原料の手配をお願いしている専門家と、お線香の一大生産地である淡路島の職人さんと話し合いを重ね、イメージを具現していきました。現代を象徴するかおりとして加えることにしたのは、山茶花(さざんか)・ジャスミン・薄荷(はっか)・イグサをイメージした香料です。それぞれのお線香に1種類ずつ加えた香料の割合は、全体の3%。ごくわずかな量でも、伝統的なかおりと現代的なかおりの対比を強調することができたと、自負しています。

—–  お香の世界への間口を広げたアイテム

お線香の試作と並行して、パッケージのデザインも進め、題字は書家の岡西佑奈さんに依頼することに決めました。岡西さんの創作活動のテーマである「日本伝統の書と現代アートの融合」が、私たちが目指したかおりのイメージと重なると感じたからです。また今回は、国立新美術館の公式アイテムということで、ロゴが加わることになりました。公式アイテムの企画・製作という、これまでにない経験ができたことはもちろん、内外から多くの人々が集う美術館の公式アイテムとしてお線香をお取り扱いいただくことで、お香の世界への間口が広がったことをたいへんうれしく思っています。

「むさしの」シリーズは、ミュージアムショップと香雅堂店頭およびオンラインストアでお求めいただけます。(2019年現在)

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