香道具づくりの近況(3)

江戸時代に幕府の細工所により調製されたと思われる乱箱をお預かりし、重香合・手記録盆・本香盤・試香盤
の補作を承っていることは、前回に触れさせていただきました。

その後、別のお施主様から、同様のご依頼を頂戴しました。
先のご依頼の乱箱は、総梨子地に橘文様が落ち着いた品格を漂わせ、どこか千代姫の婚礼調度を髣髴させる
趣が感じられる優品ですが、今回は、全く異なる難しさを突き付けてくる優品です。

第一の特徴は、鳳凰の翼に青貝(恐らく、鮑だと思います)が象嵌され、その上に精緻な筆使いで細描が
施されていることです。
素人目にも、この再現には最上質の筆(先白)と高度な技術、そして想像を絶する手間暇が掛かりそうな、
そんな印象を受けます。

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第二の特徴と言うより、何よりも驚いたのは、内側に施されている見事な銀地山水蒔絵(部分写真ご参照)
でした。
同様の作例は、(個人的な経験の範囲内ではありますが)美術館でも拝見した記憶がありません。
一体、どのような技法を駆使すればこのような蒔絵が実現できるのか、素人には見当も付きません。

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そして更に不思議に思えるのが、外側と内側に施された蒔絵の雰囲気が全く異なっていることです。
もしかしたら、それぞれ別の蒔絵師の仕事ではないか、また、制作年代も異なっているのではないか、
そんな風に思えてならないのです。

先日、まだ雪が残る北陸自動車道を走って蒔絵師さんに相談して参りましたが、本職のご感想も、
同じようなものでした。

この乱箱に相応しい重香合・手記録盆・本香盤・試香盤を補作するならば、意匠は外側の梨子地唐草鳳凰文
に合わせるほか無いと思えるのですが、それでは内側に描かれた銀地山水蒔絵の持つ強烈な個性を殺すことに
なりそうで、とても悩ましいのです。

(麻布 香雅堂 主人)