香道具 技法とギャラリー 指物と漆塗と蒔絵 vol. 1

道具:乱箱、重香合(南鐐落とし付)、手記録盆、本香盤・試香盤
仕上:眞塗(輪島塗)
指物:アテ(ヒノキアスナロ)

五点揃

 

 漆塗の香道具を手掛けさせていただく契機となったのは、御家流香道の御先代である第22代宗家三條西堯雲宗匠から「御家流香道具雛形寸法書(抄)」を賜わったことでした。

 寸法書とは言え、細部に亘って詳細が定められていない場合も多く、また、奥の御伝授に用いられる道具に関しては記載が無いこともあり、都度、直接にご指示を頂戴しつつ調製させていただいたことも数多くありました。とても優しく、上品で繊細な物腰にも拘らず凛とした気骨を内に秘めた素敵なお人柄に接しつつ、得難い勉強をさせていただきました。

 当時は京都の母も元気でしたし、京漆器の伝統を受け継ぐ職人さんも身近におられましたから、香道具は、母を通して京都の塗師屋さんに関与をお願いしていました。

 やがて、信頼できる塗師さんが廃業されるなど次第に状況が悪化し始め、依頼した香道具が予定通りに納められない事態となり、もはや京漆器の塗師屋さんに頼ることは適切ではないと判断せざるを得ず、試行錯誤が始まりました。

 複雑で多岐に亘る漆塗の工程を一貫して行なえる産地として着目したのが、輪島塗でした。昭和50年に通商産業省(当時)により「伝統的工芸品」の指定を受けた際の要件が木地・漆の素材をはじめ下地塗・上塗・加飾に至るまで詳細に定められていることもさることながら、昔から伝えられて来た方法を頑なに守り続ける人々が、地域に根付く文化と一体となって伝統を受け継いでいる姿に感銘を受けたことが最大の理由でした。(最初にお願いした塗師屋さんは名門の出でしたが、同業者の保証人になったことで借金に追われて行方不明に…紆余曲折を経て、老舗の塗師屋の中興三代目に巡り合うことができ、ようやく安心できる状況に落ち着いています。)

 漆器は、私たち素人にとって、その良し悪しを見掛けから判断することが困難です。
 だからこそ、目に見えない部分の仕事に、手抜きがあってはならないと考えます。

 木地に突板(合板)を用いたり、下地塗の素材を誤魔化したり工程を省いたり、天然漆に代わる塗料を使用したりすることによって製作期間は短縮され、価格も安上がりにできます。お施主様がそれを理解された上で望まれるのであれば別ですが、入手し易い価格設定を実現するために上質であることを放棄することは、香道具に望まれる「本物が持つ品格」を失うことに繋がると自戒しています。

 漆塗の香道具は、お施主様が要望される品質のレベルに応じて安上がりにも作れますが、香雅堂が基本と考えるのは、「伝統的工芸品」である「輪島塗」の品質です。今回ご紹介する五点が、それに該当します。10年後・20年後の品質を左右する下地塗の技法が現代では最も堅牢とされる「本堅地」であること、全ての工程に用いられる漆が天然漆であることをはじめ、数十に亘る工程で一切の手抜きが無いことが、保証されています。

 価格は、何組かをまとめて作っていただくことによって、可能な限り安価に設定しています。なお、輪島塗の木地の要件は「ヒバ(アテ=ヒノキアスナロ)・ケヤキ・カツラもしくはホオノキ、またはこれらと同等の材質を有する用材とすること」(輪島では檜が育たないため)ですが、木地に檜をご指定いただく場合には、京都の指物師さんに塗下の製作をお願いし、以降の工程を輪島の職人さんにお願いしますので、お気軽にご相談下さいます様お願い申し上げます。

技法解説:『うるしの話』(松田権六著)より原文のまま適宜抜粋させていただきます(文中に「乾かす」・「乾燥」という表現が使われていますが、その意味するところを、1として原文のまま転記しておきます。)

1.乾く
・漆が「乾く」ということは、漆が多量の酸素を吸入して、ゴム質に含まれているラッカゼーの働きによって酸化作用を行い、液体から固体に変じ、硬化することである。

2.本堅地
・現代ではいちばん上等の堅い下地
・砥の粉なり地の粉なりを水と練り合わせ、粘土のような状態にしたものに生漆を加えて混ぜ合わせて、塗る。粉末の分子の粗いものを最初に塗り、乾かしてから順を追って分子の細かいものを塗り重ねてゆく。
・木地の年輪と年輪の間は柔らかく、漆を塗ると下地の乾燥にしたがってだんだん締め付けられ、長い年月のあいだにへこんでくる。この「痩せ」を見えなくさせるため、下地に含まれる水分が自然に蒸発するのを、時間をかけて待つ。これを「涸らす」という。
・涸らしてから表面を平らに研いで、漆だけを下塗り、中塗り、上塗りと、3回塗り重ねて仕上げる。
(注 上質の香道具製作に長い期間を要するのは、漆の硬化に時間が掛かるためではなく、「涸らす」工程に時間を掛け、下地塗・上塗を重ねるからです。)

3.粉下地
・製産費を安く工期も短縮する目的で、下地には漆をいっさい使わずに柿渋や膠や米糊などを代用して作る下地を「粉下地」といっている。ピカピカした金蒔絵に幻惑されて、その下にかくされた下地の正体はわからないという寸法である。(原文のまま)

4.眞塗
・透漆、黒漆、色漆でも、これを塗放しにして仕上げをする方法。塗立(ぬりたて)。
(注 現代では、油を含まない蝋色漆による塗立のことを言います。研ぎ出しをしないため、塗師の技量がそのまま現れてしまう、誤魔化しのきかない、最も難度の高い技法です。)