(4)六国五味の確立

香道で用いられる香木が、どこでどの様にして生れて来たものか、その正体に関しては古来諸説があり、むしろ殊更神秘的に扱われたような印象すら受けます。確かに、日本に渡来した香木の重要な経由地であった中国においても、香木はやはり輸入品であり、当時の人々が産地についての詳細な知識を持っていなかったであろうことは、想像に難くないと言えます。

香木が産出されるのは主に東南アジアの山中で、例えば麓の集落から徒歩で数日間分け入った所であり、しかもその場所は採集を生業とする特定の部族のみが把握し、厳しい掟によって封じられて来たのです。

永年に亘って産地と直接取引を重ねた過程で得た知識を集積している専門家の立場から分類すると、香木は沈香の仲間、黄熟香の仲間、そして白檀の仲間とに大別されます。最高級の香木として賞讃される伽羅は沈香の仲間に含まれます。その詳細については紙面の都合上割愛し、本題に入ります。

香木の匂いをかぐだけであれば、それがどのような種類で、どの様な特徴を持っているか、詳しく調べ上げる必要はなかったかも知れません。しかしながら、香道と言う芸道が生み出される過程においては、その中心となる香木が何らかの基準によって分類・整理され、その香りの内容がなるべく客観的に表現されることが不可欠でした。

その作業を苦心惨たんしながら行ったのが、後に香道志野流の祖となった志野宗信、号松隠軒であったと言われます。一説では、宗信は足利義政の命により将軍家所持の名香百八十種を分類し、さらには、当代随一の文化人であり後に香道御家流の祖となった三條西実隆公所持の名香六十六種を精選して「六十一種名香」を定め、その過程で、香木の持つ香りの種類を「六国五味」と究めたと伝えられています。今から約五百年前のことでした。

「六国」とは、全ての香木は伽羅・羅国・真那賀・真南蛮・佐曽羅・寸門陀羅の六種に分類されると言うことで、「木所」とも表現されるものです。黒いという意味の梵語からとられた伽羅を除く五種は、元々は産地を示す言葉(例えばスマトラ)であったらしく、日本語の表記には様々な当て字が存在します。

「五味」とは、香木の持つ匂いの内容や特徴を、日ごろ身近に体験できる味覚や、それに伴う匂いの感覚になぞらえて表現しようと試みたもので、甘・酸・辛・苦・鹹(しおからい)の五種の組み合わせであらわされるものです。

「立国五味」の確立は、すなわち香道と言う文化の領域における標準語及び統一規格の制定であり、その果たした役割は大変に大きく、重要でした。しかしながら、筆者の私見では、人間の感覚や感性は不変ではないが故に、「六国五味」は純粋に客観的な基準にはなり得ず、その制定や判定は、特定の手鑑(手本木)を典拠として、家元・宗家によって経験的に継承されるものと言えます。