(13)香道の爛熟期と東福門院和子

初期においては、香道は専ら男性の世界に属するものであったようです。志野流の門人帳に記された入門者も、ことごとく男性だったのです。

時の流れと共に世情も変遷し、女性が進出するようになり、やがて香道は一応の爛熟期を迎えることになります。ここで言う爛熟期とは、飽く迄も現象でのことであり、その本質が初心を超えて円熟し得たかどうかは、改めて論じる必要があるかと思います。

爛熟期を代表する女性としてその名を挙げねばならないのは、東福門院和子です。

二代将軍秀忠の娘和子は、あらゆる手段を使って朝廷及び公家に圧力を加えようとした徳川幕府の計略によって、元和六年(一六二〇)、後水尾天皇の女御として入内し、後に明正天皇となる女一宮をもうけました。

後水尾天皇をはじめ、後西院天皇、霊元天皇、東山天皇など、多くの勅命香を残していますが、銘香については改めて触れたいと思います。

和子は、米川常伯と言う人物に香道の指南を受けたと伝えられますが、当時の最高水準の技術をくしして作らせた香道具の数々を愛用し、また、趣向をこらした複雑な組香を考案し、さらには「盤物」と呼ばれる極めて遊戯性の強い道具を生み出したと言われます。

盤物とは、漆塗や桑木地制の盤上に人形や造花などの立物(建てもの)を配置し、一炷ごとの成績に応じて立物を進めることによって勝敗を決する団体戦形式の組香、またはその道具の名称で、後世に作られたと思われる十組盤が東京国立博物館に所蔵されています。

その内容は、相撲香、鷹狩香、花軍香、龍田香、舞楽香、六義香、蹴鞠香、闘鶏香、呉越香、吉野香の十種です。他に代表的な盤物として競馬香、矢数香、名所香の三種をひと組にして三組盤と呼び、これ等に源平香を加えて四種盤とする例もあります。

今号では競馬香、次号では舞楽香を例に挙げて解説しますが、盤物の特徴は先程述べたように優れた遊戯的な要素と、団体戦であることによって更に強められる競技的な要素にあります。

純粋に香を聞くことのみに飽き足りない、恐らくはより高度に洗練された形式への志向と、斬新な創意工夫による目新しい遊び方の創作意欲とが、次々と盤物を生み出す原動力となっていたものと想像されます。

より深く、より集中して香を聞く手段の一つとして組香が存在するということを忘れてしまった時点で、江戸時代の香道人口の増加による隆盛期は、盤物と共にあまりにも足早に爛熟し、過ぎていったように思われてならないのです。