(17)香木の正体 3

沈香の仲間の原木(以下、沈香樹と総称)は、ジンチョウゲ科アキラリア属の植物であり、インド及び日本の香科学・植物学上の研究を精査した矢野環氏(埼玉大学理学部教授)の成果に依ると、別表の十二種が挙げられます。

どの種がどの地域に分布するかは一応の目安であり、必ずしも明確ではありません。

さて、前号で紹介した古来の説明と照らし合わせながら、沈香の正体に迫ってみたいと思います。

まず最初に、最も誤解され易い部分を、明確にしておく必要があります。それは「沈香樹すなわち香木」では無いということです。むしろ、沈香樹から香木が採集される確率は極めて低いと言えるのです。この事実は、沈香というものを理解する上で基本となることです。

健全に生育する沈香樹は、全くと言って良いほど香りを出しません。沈香樹は、ごく限られた条件のもとでのみ、香木となり得るのです。しかも、全体ではなく、やはり限られた一部分だけなのです。

その条件の第一が、何らかの要因に依って外傷を受けることです。外傷の要因のうち、以外に重要と思われるのが、昆虫に依るものです。ベトナムの採集業者が証言した例もありますが、何より、筆者自身が、昆虫の巣穴を中心として生成された沈香を数多く扱った体験を持っています。

さらに重要な第二の条件は、特定の菌が寄生することです。最も有力なのは麹菌で、他に六種が明らかにされています。傷口に菌が寄生し、繁殖すると、沈香樹は、特有の組織を通じて樹脂を分泌し、自らを守ろうとします。沈香樹と菌との攻防の跡が、永い年月を経て、良質の香木へと変化を遂げるのです。香木に成り得た部分は、他の健全な部分とは全く異なった特質を持ちます。熱や直射日光を加えない限り、何百年でも芳香を保ち続けますし、朽ちることもありません。樹脂の密度が濃いものは比重が一を大きく超え、水に沈みます。沈香すなわち沈水香木と呼ばれる所以です。

健全な部分が天寿を全うして枯れ果て、土に還った後に、熟成された状態で採集された沈香は、古来、高品質のものとして珍重されましたが、年を追うごとに稀少さを増し、現代に至っては、その様なものを新たに発見することは皆無に近い状況です。 生育中の若木に鉈を入れ、雨季が終わる頃に再び山に入って切り倒し、わずかに樹脂が分泌されたばかりの部分を市場に出す様な例も数多く見られます。その様な方法で得られる沈香が、良質である筈がないのですが。採集する側にも、採集させる側にも、節度と見識が不可欠であることを痛感させられます。

沈香とは、人間ごときの浅知恵など及ばない、大いなる自然の叡智の結晶として敬うべきものと思わざるを得ません。沈香そのものの価値が貴重なだけではなく、沈香と言う得難い恵を育んだ自然の営みと、それを可能にした環境そのものが、何よりも貴重なのです。