(19)一木三銘の名香

香木にまつわる通説や逸話には、様々なものがあります。

通説に類するもののうち、最も多くご質問を受けるのが、品質の良し悪しを見分ける方法に関して、すなわち「良い香木とは、黒くて重くて、水に浮かない」ということの真偽についてです。

答えは少々複雑になりますが、努めて簡潔に表現するならば「黒くて重いから良い香木とは限らないが、良い香木の上質の部分は、断面が黒く、比重が大きい」と言えます。良い香木かどうかの判断は、外見ではなく、あくまでも香りの内容に依るのです。ちなみに、中国の業者は伽羅を外見の色の特徴から緑油・黒油・紫油・黄油・白川緑油などと分類しますが、何れの分類においても、樹脂が多量に沈着した上質の部分は断面が黒く、比重も一を超えます。

逸話に類するもののうち、最も著名と思われるのが「一木三銘の名香」と呼ばれるものです。

明和九年(一七七二年)に著された『翁草』によると、長崎に到着した伽羅の大木をめぐって細川家と伊達家との間で入手を競う事態となり、細川三斎が遣わした家臣興津弥五右衛門は、一木の下部(末木)で良しとする相役を討ち果たし、より上質とされる上部(元木、或は本木)を首尾よく買い求めて熊本に帰りました。事の次第を報告し、切腹を願い出ましたが許されず、後に三斎の一周忌に殉死を遂げたのです。この逸話をもとに、森鴎外は『興津弥五右衛門の遺書』を書き上げました。

細川家が入手した伽羅には「白菊」、伊達家の伽羅には「柴船(或は芝舟)」と付銘されました。

一木三銘の銘香にまつわる逸話には諸説があり、香道家に伝わるある銘香目録には、本木の柴船、末木の白菊のほかに中木の初音が在り、前田家所蔵とも、あるいは小堀遠江守所持とも伝えられます。

また、最も質の良い穂先が宮中に献上され、「藤袴」と勅銘されたとして、「一木四銘」とする説もあります。

逸話の真相はともかくとして、これらの伽羅がいずれ劣らぬ銘香であることは紛れもない事実であり、四種共「奇気」を有するとさえ伝えられています。重要な点は、一木という表現が、一本の原木から採取された異なる三つの部分を指すのかということです。私見では、ひと塊の香木の、部分の違いによって香りの持ち味が大きく異なることは在り得ず、前者が正解と言えます。参考までに、四銘香の証歌を次のページに挙げておきます。(証歌のページは準備中です。)